先に、正直に書いておきます。2024年に私がマレーシアへ行ったのは、燕の巣のためではありませんでした。
目的は、トンカットアリという木の根でした。2021年から、マレーシアのジャングルの奥地で採れるこの原料を使用していて、その現場を自分の目で見に行く、というのがこの渡航の趣旨です。日付まで覚えています。2024年6月29日でした。
燕の巣という言葉は、このときの私の頭のなかに、まだほとんどありません。
だから、この回は「まだ何も知らなかった私」の記録です。
ブレーキの壊れたジープに乗る、という試練。
ジャングルの奥地まで行くには、ジープに揺られていくしかないと聞かされました。しかも、そのジープはブレーキが壊れていて、エンジンブレーキだけで走るとのこと。
緊張感が高まります。
「これが最後のメールマガジンになりませんように」と書いて配信したのを覚えています。
ラグビー場が見えて、勝手に盛り上がった話。
ホテルにチェックインして窓の外を眺めたら、Hポールが見えました。ラグビーのゴールポストみたいなやつです。
しばらくすると、タッチフットが始まった。
「呼ばれてるんじゃないか?」と思いました。誰かのキックしたボールが転がってきて、私がスクリューパスで投げ返して、「お前何者だ、一緒にやろうぜ」となって、そのまま夕食に行く。頭のなかで、そこまで完成していました。
行ってみたら、普通に柵があって、立ち入ることもできませんでした。
何のドラマも起きませんでした。
ピンクモスクで、私だけローブをもらえなかった話。
翌日、初めてモスクに行きました。ピンクモスクと呼ばれているモスクです。入るにはローブが必要だと聞いて、男性4人で貸し出し所へ。遊園地のチケット売り場のような窓口に、10人ほどの列。
次々に、流れ作業でローブが渡されていきます。
1人目。渡される。2人目。渡される。3人目。渡される。
私の番。
「You don’t need!!!」
満面の笑みでした。
「sorry??」と聞き返しても、笑みを浮かべたまま、手で「どうぞお進みください」というしぐさ。同行者一同、絶句。
理由は、いまも分かりません。その朝、頭を剃りたてで行ったせいではないか、と勝手に結論づけていますが、真相は不明です。
私だけローブを着られないまま、モスクの中へ入りました。
神聖で、荘厳で、静かな空気でした。ローブのことは、入った瞬間にどうでもよくなりました。
大学の研究室で、トンカットアリの話を聞く。
その日のもう一つの予定は、UPM(マレーシア・プトラ大学)の研究室で、トンカットアリの研究をしている方に話を聞くことでした。
果てしないパームツリーを抜けて、ジャングルへ。
そして翌日、いよいよジャングルです。
トンカットアリは、ジャングルの奥地まで行かないと出会えない木だと聞いていました。植林に向かないので、まとまった量を安定して採るのが難しいのだそうです。マレーシアの人にとっては、ごく身近な原料です。
一方で、マレーシアで積極的に植林されているのはパームツリーでした。植林に向いていて、使い勝手がよく、経済的に成り立つ。だからジャングルにたどり着くまでに、果てしなく続くパームのプランテーションを抜けていく必要がありました。
車の窓から、同じ木が同じ間隔で並び続ける景色が、何十分も変わりません。
その先に、ジャングルがありました。
One for all, all for one. 一隅を照らす人たち。
そのジャングルを守っているのは、オラン・アスリと呼ばれるマレーシアの先住民族の方々です。
このとき、オラン・アスリによるトンカットアリの伐採の現場に立ち合わせていただきました。
感動しました。
チームワークが、本当にすごいのです。全員が自分の役割を把握していて、一つの目的を果たすために、自分の仕事を全うしている。まさに、One for all, all for one でした。
私は「一隅を照らす」という言葉を大事にしています。この日ジャングルで見たのは、まさに一隅を照らす人たちでした。
ルック・イーストの、逆をやろう。
ルック・イースト政策という言葉があります。マレーシアが、日本や韓国に学ぼうとした政策です。
2024年のいま、これは完全に逆になっている、と痛感しました。
ジャングルからクアラルンプールに帰ってくると、すっかり夜です。高層ビルとタワーマンションの数。いまも次々に建っています。
東京が負けている、と思いました。
マレーシアへ移住する日本人も多いと聞きます。私はてっきり、仕事を終えた人が悠々自適に暮らす先なのだと思っていました。大きな勘違いでした。さらに挑戦するために来ている人が多いのだと思います。
日本人は、ルック・ウェスト政策をやったほうがいい。マレーシアに学びましょう。
そして、燕の巣のショップに、立ち寄っただけ。
この渡航で、燕の巣に関わったのは一度だけです。クアラルンプールから車で少し走ったモントキアラという場所にある、燕の巣のショップに立ち寄っただけでした。
ただ、そこで受けた説明が、素晴らしかった。
会話はすべて英語で、私は生成AIで聞いていました。細かいところは、もう正確には再現できません。ただ「この人は、自分が扱っているものを本当に分かっている」と感じたことは、はっきり覚えています。
その日は、それで終わりです。目的はトンカットアリでしたから。
でも、二か月後、私はもう一度マレーシアへ行くことになります。今度は、燕の巣を見るために。
一泊18,000円を「安い」と思った日。― 燕の巣を見に行く、二日前。 →
ついでに、空芯菜。
この渡航でいちばん強く記憶に残っているものの一つが、空芯菜です。
もうこれは、ずっと食べられます。
こんなことを書いていますが、このときの私は、この国と何年も付き合うことになるとは思っていませんでした。
DISCLOSURE
このコラムについて
ツバメディアは、日本伴照株式会社が運営しています。私はその代表取締役であり、リアン株式会社の代表も務めています。2026年9月1日より、株式会社キュアレの代表にも就任しました。中立な第三者ではありません。
このコラムは、客観報道の記事として書いていません。時 昴自身の一人称による現地の記録として書き、事実として確かめたことは編集部の記事に分けています。そして、自分が過去に間違えて書いたことは、注を付けて残します。
アイキャッチのイラストは、ツバメディア編集部が画像生成AIを使用して制作したものです。実在の場所や品物を撮影した写真ではありません。
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