燕の巣ナビゲーター|時 昴


NAVIGATOR

見て、聞いて、考えて。
燕の巣の本当のところを、産地から。

ジョホール州にある GLYKEN 本社の看板の前に立つ時 昴と、GLYKEN の方
ジョホール州の GLYKEN 本社にて。

ツバメディアには、大きく二つの声があります。

ひとつは、編集部の声。研究論文、公的資料、一次情報などを調べ、確認できたことを、できる限り根拠とともに伝えます。

もうひとつが、燕の巣ナビゲーター|時 昴の声です。こちらでは、私自身が実際に現地へ行き、人に会い、見て、聞いて、感じて、考えたことを書いています。

研究で確認されている事実だけではありません。現地で聞いた話。そのとき感じた違和感。驚いたこと。分からなかったこと。自分の考えが変わったこと。そして、まだ答えが出ていないこと。そうしたものも含めて、一人称で残していきます。

ただし、「私が聞いた」ことと、「科学的に確認されている」ことは、同じではありません。そこは、できる限り分けて書きます。

このページでは、私がなぜ「燕の巣ナビゲーター」と名乗っているのか。そして、どんな姿勢で燕の巣を追いかけているのか。そのことをお伝えします。

私は、燕の巣の専門家ではありません。

最初に、一つ。はっきり書いておきたいことがあります。

私は、燕の巣の研究者ではありません。生物学者でもありません。糖鎖やグリコプロテインを研究してきた人間でもありません。バードハウスを設計しているわけでもない。毎日、工場で燕の巣を扱っているわけでもない。アナツバメの生態を何十年も研究してきたわけでもありません。

なので、「燕の巣のことなら、何でも知っています」とは言えません。

むしろ、燕の巣を知れば知るほど、分からないことが増えてきました。

だから、私は現地へ行きます。分からなければ、聞きます。

研究者に聞く。生産者に聞く。加工する人に聞く。行政の人にも聞く。燕の巣を使っている人にも聞く。そして、自分でも調べる。

それでも分からなければ、「これは、まだ分かりません」と書く。

私がやりたいのは、専門家の代わりになることではありません。燕の巣を知りたい人と、産地、研究、ものづくり、人をつなぐこと。

それが、燕の巣ナビゲーターという役割だと思っています。

私も最初から、燕の巣を知っていたわけではありません。

私は、燕の巣の家に生まれたわけではありません。幼い頃から燕の巣を食べて育ったわけでもない。燕の巣を代々扱ってきたわけでもありません。

最初の頃の私にとって燕の巣は、高級食材。美容に良いらしい。シアル酸が多いらしい。中国やアジアで昔から珍重されている。おそらく、そのくらいのものでした。

そんな私と燕の巣との関係が、大きく動き始めた日があります。

2024年7月2日。すべては、燕の巣ショップから始まりました。

マレーシアを訪れていたときのことです。このとき、もともとの渡航目的は燕の巣ではありませんでした。

そんな中で立ち寄った燕の巣ショップで、燕の巣を担当する営業の方と出会いました。

そこで、燕の巣のこと。マレーシアの産業のこと。加工のこと。研究のこと。そして、この素材が持つ可能性について、いろいろな話を聞かせてもらいました。

当時の私は、今ほど燕の巣を知りません。なので、話を聞けば聞くほど、「え、、、燕の巣って、そんなところまで研究されてるん?」と驚きました。

もっと知りたい。もう少し奥まで見てみたい。そう思って、その場ですぐにお願いしました。

「次に来るとき、現場を見せてもらえませんか?」

ショップで話を聞くだけではなく、実際に燕の巣が扱われている場所へ行きたい。加工の現場も見たい。もっと詳しい人に会ってみたい。そうお願いして、次回の訪問を約束しました。

そして、約2か月後。私は再びマレーシアへ向かいます。

この渡航の全体は、こちらに書きました。― 燕の巣の前に、私はジャングルへ行っていました。 →

2024年9月18日。ジョホールバルで、Ericさんと出会いました。

再びマレーシアを訪れ、ジョホールバルの工場へ向かいました。そこで初めて出会ったのが、GLYKEN創業者のEricさんです。

これが、私とEricさんとの最初の出会いでした。

7月に燕の巣ショップで話を聞いて、「もっと知りたい」と思って戻ってきた先に、Ericさんがいた。振り返ると、この出会いは、私が燕の巣を深く追いかけていく大きなきっかけの一つになりました。

Ericさんと話していて感じたのは、単なる「燕の巣の商品をつくっている経営者」ではないということでした。

原料の話。アナツバメの話。バードハウスの話。加工の話。研究の話。これから何を解明したいのかという話。とにかく、燕の巣の話が、ずっと続くんです。

最初に会ったとき、「この人、ほんまに燕の巣のことばっかり考えてるんやな、、、」と思ったのを覚えています。

そして、Ericさんの話を聞けば聞くほど、私の中にも次々と疑問が生まれてきました。

燕の巣って、そもそも何でできているんやろう。アナツバメは、どんな鳥なんやろう。なぜ、これほど長い間使われてきたんやろう。バードハウスとは、実際にはどんな場所なのか。どんな原料があって、どんな加工が行われているのか。加工したら、成分はどう変わるのか。研究では、どこまで分かっているのか。そして、何が、まだ分かっていないのか。

7月に生まれた興味が、9月18日の出会いによって、さらに大きくなっていきました。

そこから、現場へ。研究へ。

それから私は、燕の巣について知るために、何度もマレーシアを訪れるようになりました。

バードハウスに入る。原料を見る。加工現場を見る。研究者に会う。大学へ行く。政府機関の人と話す。研究について聞く。製品になるまでの工程を見る。

一つ知ると、その先にまた新しい疑問があります。

バードハウス。洗浄。乾燥。殺菌。保管。抽出。品質管理。トレーサビリティ。グリコプロテイン。糖鎖。シアル酸。

最初は「燕の巣にはシアル酸が多いらしい」くらいだった世界が、知れば知るほど、どんどん深くなっていきました。

そして、あるときから、「燕の巣について知っています」と簡単に言うことの方が、怖くなってきました。

現地で聞いたことが、正しいとは限りません。

これも、このページで明確にしておきたいことです。

産地へ行けば、たくさんの話を聞きます。長年その仕事をしている人から聞く話。昔から現地で語られている話。業界では常識になっている話。

そういう話には、本や論文だけでは知ることのできない価値があります。だから私は、現地の声をとても大切にしています。

でも、現地で聞いたからといって、それが科学的に証明された事実になるわけではありません。

だから私は、より強く思うようになりました。聞いた話を、聞いた話のままにしよう。研究で分かったことは、研究で分かったこととして書こう。そして、自分の認識が間違っていたなら、ちゃんと直そう。

間違っていたら、直します。

これは、燕の巣ナビゲーターとして、大切にしたいことの一つです。

昨日まで信じていたことでも、より確かな情報が見つかったなら、今日から考えを変える。昔書いた文章が間違っていたなら、可能な限り訂正する。場合によっては、「以前はこう考えていました」という記録そのものを残す。

私は、正解を持っている人として、このコラムを書きたいわけではありません。

むしろ、燕の巣を知ろうとして、現場へ行き、人に会い、調べ、考えが変わっていく。その過程そのものを、ここに残したいと思っています。

この肩書が決まった夜のこと。

「燕の巣ナビゲーター」という言葉にも、少しだけ物語があります。

関西空港からシンガポールへ向かう夜の便。眠れずに本を読んでいました。そこに出てきたのが、トーマス・エジソンと、彼の事業パートナーとなったエドウィン・C・バーンズの話でした。

その話を読みながら、ふと思ったんです。

私は、エジソンにはなれない。

研究者のように、新しいものを発見する人ではないかもしれない。でも、研究する人がいる。つくる人がいる。現場を守っている人がいる。その人たちに会い、その世界を知り、まだ知らない人へ伝える。

その役割なら、自分にもできるかもしれない。そう考えるようになりました。

スペシャリストになるのではなく、スペシャリストと、燕の巣を知りたい人をつなぐ。産地と日本をつなぐ。研究と暮らしをつなぐ。つくる人と、使う人をつなぐ。

それが、私にとっての燕の巣ナビゲーターです。

→ 私は、エジソンにはなれない。 →

私は、中立な第三者ではありません。

ここも、隠したくありません。

私は、ツバメディアを運営する日本伴照株式会社の代表取締役です。あわせて、リアン株式会社と株式会社キュアレの代表も務めています。日本伴照は、燕の巣を扱う事業者です。

つまり私は、燕の巣とは一切利害関係のない第三者ではありません。燕の巣を扱い、燕の巣を原料とした商品をつくり、事業を行っています。

だから、「私は中立です」とは言いません。

ただ、中立ではないことと、自分たちに都合のいい情報だけを書くことは、別だと思っています。

むしろ、事業者だからこそ見られる現場があります。入れる工場があります。会える人がいます。知ることのできる課題があります。

その一次情報をできる限り公開する。同時に、自分たちにとって都合の悪い情報も、確認できたなら隠さない。その姿勢を大切にします。

ツバメディアの目的は、日本伴照やBANSHOが正しいことを証明することではありません。燕の巣という素材を、もっと正しく、もっと深く知っていくことです。

私が大切にする、5つのこと。

燕の巣ナビゲーターとして、これからも変えたくないスタンスがあります。

01

分からなければ、現場へ行く。

インターネットの中だけで分かったつもりにならない。できる限り産地へ行き、自分の目で見ます。

02

その道の人に聞く。

研究は研究者に。生産は生産者に。加工は加工する人に。私は、専門家の代わりをしません。

03

聞いたことと、確かめられたことを分ける。

現地で聞いた話も大切にします。ただし、「聞いた話」と「研究で確認されたこと」は区別します。

04

間違っていたら、直す。

自分が過去に話したことであっても、違うと分かれば訂正します。考えが変わった過程も、できる限り残します。

05

売る側であることを、隠さない。

私は燕の巣を扱う事業者です。その立場を明らかにしたうえで、自分たちに都合の悪いことも含めて向き合います。

ここには、完成された答えだけを書きません。

「燕の巣ナビゲーター|時 昴」では、研究論文を整理しただけの記事を書くつもりはありません。それは、ツバメディア編集部の「科学する」などで、できる限り丁寧に扱います。

ここでは、もっと私自身の言葉で書きます。

初めて燕の巣に興味を持った日のこと。Ericさんとの出会い。マレーシアで見た景色。バードハウスへ入ったときに感じたこと。研究者との会話。工場で見たこと。海外の現場で聞いた話。燕の巣を使う人から出てきた疑問。事業をしているからこそ見える葛藤。思うようにいかなかったこと。そして、自分の考えが変わった瞬間。

これまでメールマガジンに書いてきたことも、もう一度ここで振り返っていきます。

当時は、何を見ていたのか。何を信じていたのか。今は、どう考えているのか。変わったこと。それでも変わらなかったこと。

それも含めて、私自身が燕の巣を知っていく記録として残していきたいと思っています。

会ってきた人たち。

燕の巣を追いかける中で、さまざまな方と出会ってきました。

GLYKEN創業者のEricさん。マレーシア国民大学の研究者の方々。燕の巣産業に関わる政府・公的機関の方々。バードハウスを守っている人。加工をしている人。品質管理をしている人。

一人ひとり、燕の巣との向き合い方が違います。そして、一人に会うたびに、また新しい疑問が生まれます。

このコラムでは、そうした人との出会いも記録していきます。

→ 取材にご協力いただいている方々 →

※個人名・所属・役職については、掲載時点の正式表記と、ご本人の掲載許諾を確認したものだけを掲載します。

私の燕の巣の旅。

2024.07.02

燕の巣との入口

マレーシアの燕の巣ショップで、営業担当の方と出会う。燕の巣の可能性について話を聞き、「もっと現場を見たい」と次回訪問を依頼。

2024.09.18

Ericさんとの出会い

再びマレーシアへ。ジョホールバルの工場を訪問し、Ericさんと初めて出会う。原料、加工、研究について話を聞き、燕の巣への関心がさらに深まる。

その後

現場へ、研究へ。

バードハウス、加工・製造現場、研究機関などを訪ねながら、燕の巣について知る範囲を少しずつ広げていく。

そして現在も、この旅は続いています。

※この年表は、今後の渡航・研究・出会いに合わせて更新していきます。

知れば知るほど、分からない。

燕の巣について調べ始めた頃、私は、知識が増えれば、だんだん答えが分かってくるものだと思っていました。

でも、実際は少し違いました。知れば知るほど、新しい問いが増えていく。

アナツバメは、なぜあのような巣をつくるのか。その舌下腺から出る分泌液は、どんな分子でできているのか。産地によって何が違うのか。加工によって何が変わるのか。長い歴史の中で語られてきた話のうち、どこまでが史実なのか。現代の科学は、燕の巣についてどこまで解明しているのか。そして、まだ何を解明できていないのか。

私は、その一つひとつを、これからも追いかけていきたいと思っています。

見て、聞いて、考えて。

私は、燕の巣を必要以上に神秘的なものにしたいわけではありません。「すごい素材です」と、ただ褒め続けたいわけでもありません。

反対に、「鳥の分泌液でできた巣でしょ」という一言だけで、終わらせたいわけでもありません。

そこには、アナツバメがいる。自然がある。産地がある。歴史がある。文化がある。つくる人がいる。研究する人がいる。届ける人がいる。そして、使う人がいる。

その間には、まだ分かっていないこともたくさんあります。

だから私は、現地へ行く。人に会う。聞く。調べる。考える。そして、分かったことも、分からなかったことも、ここに残していく。

それが、燕の巣ナビゲーター|時 昴として、私がやっていきたいことです。


時 昴のポートレート。紺のスーツ、正面、笑顔

時 昴|Subaru Toki

燕の巣ナビゲーター
日本伴照株式会社 代表取締役
リアン株式会社 代表取締役
株式会社キュアレ 代表取締役

2024年7月、マレーシアの燕の巣ショップで燕の巣の可能性について話を聞いたことをきっかけに、産地・加工・研究への関心を深める。同年9月18日、ジョホールバルの工場でGLYKEN創業者 Eric 氏と出会う。

その後、燕の巣の産地、バードハウス、加工・製造現場、研究機関などを訪ねながら、燕の巣について「現場で見たこと」と「確認できる事実」の両方を追いかけている。

ツバメディアでは、研究者や専門家としてではなく、産地、研究、つくる人、届ける人、使う人と、読者をつなぐ「燕の巣ナビゲーター」として、自身の体験、出会い、疑問、そして考えが変わっていく過程を記録する。

DISCLOSURE

このページについて

ツバメディアは、日本伴照株式会社が運営しています。私はその代表取締役であり、リアン株式会社の代表も務めています。2026年9月1日より、株式会社キュアレの代表にも就任しました。

日本伴照株式会社は燕の巣を扱う事業者であり、私は中立な第三者ではありません。

その立場を明らかにしたうえで、現場で見聞きしたことと、研究・公的資料などから確認できたことを、できる限り区別して発信します。

ツバメディアの目的は、当社が正しいことを証明することではありません。

確かめられたことは、根拠とともに。まだ分からないことは、分からないままに。