燕の巣は、何でできているのですか。

答えはシンプルです。アナツバメが舌下腺から出す分泌液。ただ、その一滴を分子まで追うと、グリコプロテイン、糖鎖、…

執筆編集部

UKMの実験室で並んで座るリム・センジョー准教授とアブドゥル・サラム・バブジ教授

答えは、とてもシンプルです。

アナツバメが、舌の下にある「舌下腺」から出す分泌液です。

枝を集めてつくるわけでもありません。草を編んでつくるわけでもありません。アナツバメ自身が体内でつくり出す、粘性のある分泌液。それを少しずつ重ね、固めながらつくったものが、私たちが「燕の巣」と呼んでいるものです。

一般には、「アナツバメの唾液でできた巣」と説明されることがあります。大きく間違っているわけではありません。

ただ、ツバメディアではもう少し正確に、「舌下腺から分泌される分泌液」と表現します。「鳥の唾液」という一言だけでは見えてこない、燕の巣の世界があるからです。

アナツバメは、自分の体から巣の材料をつくる。

アナツバメは繁殖期になると、舌の下にある舌下腺が発達します。そこから出る粘性のある分泌液を、営巣する壁面に少しずつ付着させていきます。

一度に巣ができるわけではありません。何度も行き来しながら、分泌液を出し、付着させ、また重ねる。

空気に触れた分泌液は次第に固まり、それを何層にも積み重ねることで、あの半月形の巣がつくられていきます。そして完成した巣の上で卵を産み、ヒナを育てます。

つまり燕の巣は、アナツバメにとって単なる「寝床」ではありません。次の命を育てるために、自らの体からつくり出す巣です。

なお、巣づくりや採取の過程で、羽毛などが巣に付着したり混ざったりすることはあります。「草を集めてつくっているわけではない」ことと、「採取した原料に異物が一切ない」ことは、別の話です。だからこそ、採取のあとに洗浄と、人の手による選別の工程があります。この工程については燕の巣は、洗ってあるのですか。で扱っています。

「唾液」と「分泌液」は、何が違うのでしょうか。

ここは少し細かい話ですが、ツバメディアでは大切にしたいところです。

燕の巣について検索すると、「鳥の唾液」「唾液でできた巣」という説明がたくさん出てきます。分かりやすく伝えるための表現として「唾液」と呼ばれてきたこと自体が、おかしいわけではありません。

ただ、研究では、燕の巣の形成に関わる舌下腺(sublingual glands)からの分泌物に着目して説明されています。

だから私たちは、「唾液だから珍しい」というところで話を終わらせたくありません。むしろ知りたいのは、

アナツバメは、いったい何を分泌しているのか。

ここから、燕の巣の科学が始まります。

分泌液の中には、何があるのか。

アナツバメの分泌液が固まってできる燕の巣。では、それをさらに細かく見ていくと、何があるのでしょうか。

燕の巣は、タンパク質と炭水化物を主要成分とする天然素材です。

そして、燕の巣を特徴づける重要な構成要素として研究されているのが、グリコプロテイン(糖タンパク質)です。

名前だけ聞くと難しそうですが、考え方はそれほど複雑ではありません。タンパク質に「糖鎖」と呼ばれる糖の鎖が結びついた分子。それがグリコプロテインです。

そして、その糖鎖をさらに詳しく調べていくと、シアル酸(Neu5Ac)などの糖が見えてきます。

つまり、燕の巣を分子の世界まで降りていくと、こういう構造が見えてきます。

ざっくり言うと
燕の巣↓
グリコプロテイン(糖タンパク質)タンパク質に糖鎖が結びついた分子
糖鎖(グライカン)いろいろな糖が枝分かれしてつながった構造
シアル酸(Neu5Ac など)その糖鎖の一部として存在する糖

これが、いま私たちが燕の巣を理解するうえで、とても重要だと考えている構造です。

「シアル酸が入っている」だけでは、少し足りない。

燕の巣について調べたことがある方なら、「燕の巣にはシアル酸が豊富」という説明を見たことがあるかもしれません。

もちろん、シアル酸は燕の巣研究における重要なテーマの一つです。

ただ、現在の研究を見ると、「シアル酸が何%入っているか」だけを見ていては、燕の巣という素材を十分に理解できません。

なぜならシアル酸は、燕の巣の中で単独で存在しているものだけではなく、糖鎖構造の一部として存在するものもあるからです。そして、その糖鎖はグリコプロテインに結びついています。

だから、シアル酸だけを見るのではなく、そのシアル酸がどのような糖鎖に存在し、どのようなグリコプロテインを構成しているのか。研究は、そこまで進んできています。

2025年、燕の巣は「どんな分子なのか」まで調べられた。

近年の研究では、さらに細かな解析が行われています。

2025年に Food Chemistry に掲載された研究は、質量分析を用いて、燕の巣のN型糖鎖を持つ糖タンパク質を網羅的に解析しました。

その結果、127種類のN型糖タンパク質が同定されています。内訳はバードハウス産から72種類、洞窟産から63種類。そして両方に共通していたのは、8種類でした。

検出されたN型糖タンパク質
バードハウス産(house-EBN)72種類
洞窟産(cave-EBN)63種類
両方に共通8種類

燕の巣研究は、「タンパク質が何%入っている」「シアル酸が何%入っている」という成分量を見る段階から、「どのタンパク質の、どの場所に、どんな糖鎖が付いているのか」を調べる段階まで進んできたのです。

これは、燕の巣という素材を見るうえで大きな変化だと思います。

だから、「鳥の唾液」で終わらせたくない。

燕の巣は何でできていますか。そう聞かれれば、答えそのものはシンプルです。

アナツバメの舌下腺から分泌される分泌液。

でも、その一滴を分子の世界まで追いかけていくと、グリコプロテインがあり、糖鎖があり、シアル酸がある。そして今も、その構造について新しい研究が続いています。

「燕の巣は、鳥の唾液です。」
それだけで終わってしまうと、少し、もったいない。

私たちが知りたいのは、その先です。アナツバメは、いったい何をつくり出しているのか。ツバメディアでは、そこをこれから少しずつ追いかけていきます。

この先は、分子の話へ。

この記事では、「燕の巣は何でできているのか」という入口までを扱いました。

ここから先は、グリコプロテインとは何なのか。糖鎖とは何なのか。シアル酸はどこに存在するのか。そして、燕の巣の分子構造について、現在どこまで分かっているのか。

一つずつ、科学するで掘り下げていきます。

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「シアル酸の、その先へ。― 燕の巣を分子で見ると、何が見えるのか。」(2026年9月15日公開予定)

グリコプロテイン → 糖鎖 → シアル酸。燕の巣研究がどこまで進んできたのかを、研究の歴史とともに追います。

WHAT WE DON’T KNOW YET

まだ分かっていないこと

燕の巣については、分子レベルでの解析が進んでいる一方、まだ分かっていないことも多くあります。

  • 産地、営巣環境、季節などによって、糖タンパク質や糖鎖の構成がどの程度変化するのか。
  • 2025年の研究で「両方に共通していたのが8種類」という結果が出ていますが、これは解析手法や検出感度にも左右されます。「洞窟産とバードハウス産は別物」という意味ではありません。
  • 本記事の数値は、論文の抄録で著者自身が記載しているものに限っています。糖鎖付加部位の総数など、抄録に記載のない数値は掲載していません。原著本文を確認できしだい追記します。
  • 燕の巣に特定の成分や構造が存在することと、それを食品として摂取したときに人体でどのような作用が起こるかは、別の問いです。「含まれている」ことと「人に効く」ことは同じではありません。ツバメディアでは、この二つを分けて扱います。

分からないことを、分かったことにはしない。

DISCLOSURE

この記事について

ツバメディアは、日本伴照株式会社が運営しています。同社は燕の巣を扱う事業者であり、中立な第三者ではありません。

この記事では、公開されている学術文献をもとに、燕の巣がどのようにつくられ、どのような分子が研究されているのかを整理しています。研究で確認されていることと、仮説や伝承は区別して掲載します。

SOURCES

  • Nurul Hidayah Jamaludin ほか「Overview of edible bird’s nests and their contemporary issues」Food Control, vol.104, 2019. DOI: 10.1016/j.foodcont.2019.04.042(舌下腺の発達、巣の形成、主要成分の記述。編集部が原著を確認)
  • 「Comprehensive site- and structure-specific profiling of N-glycosylation of edible bird’s nest (EBN) proteome using label-free quantitative glycoproteomics」Food Chemistry, vol.469, 2025, 142535. DOI: 10.1016/j.foodchem.2024.142535(127種類のN型糖タンパク質、house 72/cave 63/共通8。編集部が抄録を確認)
  • Boulanger P. ほか「Purification and chemical study of a Collocalia glycoprotein」Biochimie, vol.57, 1975, pp.603–608. DOI: 10.1016/s0300-9084(75)80141-6(燕の巣から糖タンパク質を精製。糖鎖の構成糖。編集部が抄録を確認)

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